名古屋地方裁判所 昭和36年(行)32号 判決 1967年10月24日
名古屋市東区平田町三一番地
原告
大野末蔵
右訴訟代理人弁護士
小沢秋二
名古屋市東区主税町三丁目一一番地
被告
名古屋東税務署長
志津一郎
右訴訟代理人弁護士
本山亨
右指定代理人
松沢智
笹岡正弘
奥村欣三郎
原邦雄
加藤勝
伊藤新吉
右当事者間の滞納処分無効確認請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
(当事者の申立)
原告訴訟代理人は、「被告が原告に対し昭和三四年一月三一日になした課税額の決定通知による昭和三三年随時分(昭和三〇年一二月頃から昭和三二年七月八日までの分)のぱちんこ器の製造移出に係る物品税金一〇四万三、六〇〇円の賦課処分ならびにこれに基いて昭和三四年三月三一日別紙第一目録記載の物件について、同年四月一五日別紙第二目録記載の物件について、それぞれなした滞納処分は、いずれも無効であることを確認する」との判決を求め、被告指定代理人は主文と同旨の判決を求めた。
(当事者の主張)
第一、原告訴訟代理人の述べた請求原因。
一、原告は現住所でぱちんこ器製造業を営む者であるが、被告は原告が昭和三〇年一二月頃から昭和三二年七月八日までの間にぱちんこ器二、〇六八台を製造して移出したにもかかわらず、これについての物品税の申告を怠つたとして、被告においてこれを調査し、物品税額を金一〇四万三、六〇〇円と賦課決定して、昭和三四年一月末日頃原告に対し課税額の決定通知をなし、右課税の滞納処分として、昭和三四年三月三一日原告所有の別紙第一目録記載の物件に、同年四月一五日に原告所有の別紙第二目録記載の物件に、それぞれ差押えをなした。
二、しかし原告は右の期間自らぱちんこ器製造販売を営んだことはなく、単に組立加工に従事していただけであり、右のぱちんこ器二、〇六八台も原告が製造したのでなく、その当時群馬県伊勢崎市南町一丁目七番地においてぱちんこ器製造販売業を営んでいた訴外遠山庄吉が製造したのであつて、原告は遠山からの委託により組立加工したのにすぎないのである。すなわち、原告は昭和三〇年一一月下旬頃右遠山との間に、同訴外人がぱちんこ器製造に要する資材一切を提供し、原告においてこれを組立て、その加工賃を一台につき五〇〇円とし、その外に同訴外人指定の取引先に完成品を送付するに要する運賃の支払を受ける旨の契約をなし、同三一年八月中旬まで加工のみを引受けていたのである。しかるに、同年八月下旬頃遠山から、遠隔地のこと故、従来のごとき取引形態では何かと不便であるから、爾後原告において遠山のために加工に要する資材一切を購入することとし、その代金も立替えておいてもらいたい旨の申入れがあつたので、原告はこれを了承し、いわれるままに資材購入代金を立替え昭和三二年六月上旬頃までぱちんこ器の委託加工を継続してきたのであつて、この間の加工賃並に運賃等は全部遠山から支払を受けている。それ故右ぱちんこ器は原告の製造したものではないし、しからずとしても、当時施行に係る物品税法六条四項の適用があり、委託者たる遠山の製造したものとみなされ、同法八条により同訴外人において物品税を納付する義務を負うものである。
三、右に述べた理由により原告は右物品税の納付義務を負担しているものでないにかかわらず、被告は昭和三四年三月二日名古屋地方検察庁に原告を物品税法違反として告発した。しかし同検察庁は右被疑事件について昭和三五年六月上旬原告を不起訴処分にしたから、ここに被告の告発事実は全面的に否定され、従つて原告に納付義務がないことは明らかである。
四、以上により、被告の原告に対する前記物品税賦課処分は納税義務者を誤つた重大な違法があり、これは右の不起訴処分に照らしても明白であるから無効であり、かかる無効の賦課処分に基いて別紙目録記載の物件に対してなされた前記の各滞納処分もまた無効であるといわざるを得ない。
よつて、右各処分の無効であることの確認を求める。
第二、被告指定代理人の述べた答弁および主張。
一、原告の主張事実中、原告がぱちんこ器製造業者であること、被告が原告主張の物品税賦課処分および二回に亘る差押えをなしたこと、原告が前記期間にぱちんこ器二、〇六八台を製造したこと、被告が告発した原告に対する物品税法違反事件につき名古屋地方検察庁において不起訴処分がなされたことは認める。本件はぱちんこ器の製造者は訴外遠山庄吉であり、原告は遠山からの委託により組立加工に従事していたにすぎないとの点は否認する。
二、原告は昭和三三年一月より毎月ぱちんこ器の製造移出による物品税の納税申告をなしているが、その以前の分については何らの申告がなかつたので、被告において調査したところ、昭和三〇年一二月頃より昭和三二年七月八日までに前記訴外遠山庄吉から註文を受け、ぱちんこ器二、〇六八台(移出販売価額六二六万一、六〇〇円、物品税課税標準価額五二一万八、〇〇〇円)を製造移出した事実が判明した。よつて、原告が右ぱちんこ器製造移出についての物品税の納税義務者であることは明かであるので、被告はその税額を金一〇四万三、六〇〇円と決定し、原告に対し昭和三四年一月三一日納入告知をなしたものである。
三、被告が原告において右ぱちんこ器を遠山庄吉からの註文により製造移出したものと認定した理由は左のとおりであるから、原告に対する前記賦課処分は適法である。
遠山庄吉はぱちんこ器調整師として各地のパチンコ店を廻つているうちぱちんこ器の注文を受けていたが、たまたま昭和三〇年暮頃秋田末吉の紹介によりかねてから性能のよいぱちんこ器を大阪方面に販売している原告を知るに至つた。そして、その頃遠山は、原告に対し遠山の仕様によるぱちんこ器の製造を注文し、当初約二〇〇台分の部品購入代金に相当する五、六〇万円を原告に交付したうえ、部品購入、製造の監督をさせるため自己の従業員金山一郎を原告工場へ派遣したが、約二ケ月後製品が完成し、その代金を精算した際、購入した部品の代金が当初の見積りを約二〇万円も超過したため、両者間に協議が行われ、当初の委託契約を破棄し、はじめに遡つて売買契約に改め、製造原価が高騰した都度代金改訂を協議することにした。ここにおいて製造者は原告となり、従つて以後金山一郎の監督は不用となつたので同人は引き揚げ、その後の取引については遠山から注文の都度材料仕入の資金に充てるため前渡金を受領して製造し、同訴外人指定のぱちんこ店に発送していたものである。しかして、ほぼ三ケ月ごとに残代金を精算し、精算書を遠山に送付して、その確認を得てきたものである。
このような代金精算方法は、注文者が自己仕様の商品の製造を注文した場合(これを「特別注文」という。)にみられる一般的形態であり、金銭の授受は製品販売代金の決済にほかならず、委託加工契約のごとく注文者が専属工場において製品に対し支配管理権をもつような形態の取引とは異なる。前渡金の授受についても、当時のぱちんこ器製造業界は競争が激しく、製造業者は販売業者に値をたたかれて経営が苦しいため、販売業者から資金援助の意味をもつた前渡金を得なければ製造できない実状にあつたのであるから、本件の場合前渡金の授受があつたからとて直ちに委託契約があつたとはいいえないのであり、原告は自己の製造にかかる製品の販売代金の一部として前渡金を受領したのである。
その他、部品の仕入は原告において直接その注文をなし、原告がその代価の支払いにあたつていた事実もあり、本件ぱちんこ器が原告の製造移出にかかるものであることは疑う余地がない。
四、仮りに被告の本件物品税賦課処分に何らかの瑕疵があつたとしても、少くとも原告が本件ぱちんこ器を製造したという外形的事実は存在したわけであるから、これが果して原告の主張するような委託によるものであるか、または特別注文による売買であつたかということは外観上一見して明白であるとはいえず、しかも、被告において原告に対し本件物品税を賦課する際には、充分調査を遂げたうえ原告のぱちんこ器製造は特別注文であると認定したものであり、その証拠も充分存在していたのである。従つて本件賦課処分に重大な違法が存すること明白とはいえないのであつて、その瑕疵は無効原因とはいいえない。また、被告が告発した物品税法違反事件は嫌疑不十分として不起訴になつたが、右は犯罪成立要件に該当すると認めるべき証拠がないというに止まり、税法上の課税要件を充足しているかどうかとは全く別個のことであるから、右不起訴処分に拘束力がないことはもちろん、右処分のあつたことから直ちに納税義務のないことが明白であるという推論も成り立たない。従つて本件賦課処分は無効の行政行為ではなくたんに取消しうべき行政行為にすぎないというべきところ、原告は本訴提起前本件賦課処分に対し再調査請求および審査請求をなし、いずれも棄却されているのであり、昭和三五年五月二七日になされた審査請求棄却決定が原告に通知されてから三ケ月を経過しても本件賦課処分取消しの訴を提起しなかつたからもはや本件賦課処分を争う途はない。
また本件滞納処分は本件賦課処分とは別個独立の行政処分であるから、賦課処分が無効でない限り滞納処分が違法となることはない。しかるに、原告は本件賦課処分が前記のように有効であるにかかわらず、滞納処分固有の瑕疵を主張していないから、滞納処分が無効であるとする原告の主張も失当である。
以上により原告の請求はいずれにしても理由がないから棄却されるべきである。
(証拠関係)
原告訴訟代理人は、甲第一、第二号証、第三号証の一ないし」一一、第四ないし第七号証を提出し、証人岩月勝貴、同新村英夫、同小林武雄、同玉置晥、同青木峯夫の各証言および原告本人尋問の結果(第一、二回)を援用し、乙第二号証の成立を認め、乙第一、第三、第四号証、第五号証の一ないし五、第六号証の成立は不知と述べた。
被告指定代理人は、乙第一ないし第四号証、第五号証の一ないし五、第六号証を提出し、証人秋田末吉、同遠山庄吉、同福島金吾、同松葉清一、同金山一郎こと金充基の各証言を援用し、甲第一、第二号証、第三号証の一ないし一一、第四号証の成立は認め、甲第五ないし第七号証の成立は不知と述べた。
理由
被告が原告に対し、昭和三四年一月三一日昭和三三年随時分として、昭和三〇年一二月頃から昭和三二年七月八日までのぱちんこ器二、〇六八台の製造移出に係る物品税金一〇四万三、六〇〇円の賦課処分をなし、次いで右賦課処分に基いて昭和三四年三月三一日別紙第一目録記載の物件に対し、同年四月一五日別紙第二目録記載の物件に対しそれぞれ滞納処分として差押えをなしたことは当事者間に争いがない。
右ぱちんこ器の製造者が原告であるか、訴外遠山庄吉であるかについて争いがあるので判断する。
証人遠山庄吉、同秋田末吉、同金山一郎こと金允基の各証言および成立に争いない乙第二号証によると次の事実を認めることができる。
原告は、ぱちんこ器の販売を業としていた訴外遠山庄吉と昭和三〇年夏頃秋田末吉の紹介により知り合いになつたところ、同年一二月頃右遠山から同人の仕様によるぱちんこ器の製造を委託せられ、これを承諾し、当初約二〇〇台を受注した。その時の契約は、遠山において機械部品の買入代金をあらかじめ原告に支給するものとし、発注した約二〇〇台分として約六〇万円を原告に交付し、原告は右資金により買入れた部品を自己の工場で組立てぱちんこ器を製造したうえ、完成品を直接遠山の指定するぱちんこ店に送付し、これに対し遠山から組立加工賃および運賃の支払を受けるというものであつた。しかして、その後の取引も右と同様の形態でなされる予定であつたから、遠山は原告の右材料部品の購入と製造工程の監督のために自己の従業員金山一郎こと金允基を原告方工場へ通勤させていた。しかしながら、約二ケ月後当初注文に係るぱちんこ器二〇〇台の製造が完了した際精算を行つたところ、製造費が遠山の当初の見積りを二〇万円も超過していた。そこで、原告と遠山とは協議したうえ、当初の契約を破棄し、当初の発注分に遡り契約の内容を改訂し、原告製造に係るぱちんこ器を遠山が買取るという普通の買取契約に変更し、一台あたりの価額は買取時におけるぱちんこ器製造業界の通常の価格を基準として、その都度決定することとした。かくて先に原告に交付された部品購入費約六〇万円は売買代金の一部に充当して精算され、その後の取引の代金は遠山の資金繰りの状況により、遠山が前渡しをしていたこともあれば、後払いになつたこともあつた。このようにして遠山と原告との取引は昭和三二年七月八日まで継続し結局ぱちんこ器完成品二〇六八台が原告から遠山に引渡されたものである。なお金山一郎が部品買入と製造工程を監督するため原告工場に通勤することは、前記両者間の取引内容の変更に伴ない不必要となつたのでその直後に廃止された。
以上の事実を認めることができ、右認定に反する証人岩月勝貴、同小林武雄、同青木峯夫、同玉置晥、同新村英夫の各証言および原告本人尋問の結果(第一、二回)は前掲証拠に対比し採用できず、成立に争ない甲第四号証も右認定を覆すに足りない。他に右認定に反する証拠はない。
右認定の事実によれば、遠山と原告との間の契約は、当初ぱちんこ器の販売業者たる遠山がぱちんこ器の製造を原告に委託し、原告は遠山から資金を供給されて製造を受託する旨の契約であつたが、約二ケ月後当初の契約が双方の合意で破棄され、当初発注分に遡つて改めてぱちんこ器の買取契約が締結され、原告は右契約に基づき、本件ぱちんこ器を製造したうえ、これを遠山に売り渡したものと認められる。従つて本件ぱちんこ器の製造者が訴外遠山であることを前提とし、本件物品税賦課処分には納付義務者を誤つた重大かつ明白な瑕疵があるとする原告の主張は採用することができない。
よつて、本件物品税賦課処分および本件各差押処分が右瑕疵を帯有していることを理由とする原告の本訴請求は失当として棄却を免れないものである。
以上の次第であるから、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 宮本聖司 裁判官 藤原寛 裁判官 郡司宏)
第一目録
名古屋中央電話局東分局に対する電話加入権
九局五〇七四番
第二目録
名古屋市東区平田町三一番地
木造亜鉛メツキ鋼板葺平屋建工場
建坪 二九坪一合
家屋番号 一〇七番の七